相続相談

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株式など有価証券の相続申告について

株式などの有価証券?を相続する場合の相続税の支払いが大変になった事例を紹介します

関西のお笑いと言えば、吉本興業を知らない人は居ないでしょう。
関西の或る小学生が、「戦後最も発展した“工業”は何ですか?」と聞かれて、「吉本“興業”や!」と答えた、と云う逸話も語られるほどです。

そんな吉本興業は、1912年(7月30日までは明治45年)の4月に、吉本吉兵衛(当時25歳)とせい(当時22歳)の若夫婦が大阪市北区天神橋に在った「第二文芸館」の経営権を取得して、寄席経営を始めたのが始まりでした。
その後、他の寄席も次々に買収していき、上方演芸界全体を掌握した頃、1924年に吉兵衛が亡くなりました。
その為、まだ若い未亡人せいが一人残されましたが、弟の林正之助が大阪で、もう一人の弟の林弘高が東京で活躍して、せいを助けました。

吉本興業は、1948年に、吉本せいを会長、林正之助を社長として、吉本興業株式会社となりました。
1947年にせいの一人息子吉本穎右が亡くなり、1950年に吉本せいが亡くなると、林正之助が会長も兼務し、その後紆余曲折は有りながらも、経営の主導権を掌握し続け、「吉本無しでは番組が作れない。」と言われるまでに育て上げました。

林正之助は、1991年4月24日に亡くなりました。
その遺産は、総額48億円だったそうですが、注目すべきは、その内の41億円が吉本関連株等の有価証券で、それを現金化しなかった、と云う点です。
1991年当時の相続税の最高税率は70%で、相続税は32億円と云う事になりましたが、遺産の大半を占める有価証券を売却しない、と云う条件の下では、納付するのは大変だったようです。
林正之助の娘婿の林裕章は、「7割もの相続税は高すぎまっせ。」と嘆いた、とも言われています。

このことは、不動産など現金以外を相続する場合でも同様の事情になると思われます
相続税を納付について、事前に弁護士などの専門家に相談し、
財産を処分するなどして、現金を準備することが大切といえます

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